12月25日。
今年もこの日がやってきた。

あれから2年の月日が流れた。
行雄はまだ戻らない。


戻ってこないことは知っているけど…



新潟海上保安部から一度だけ連絡があった。
今年の夏の終わり頃。

身元不明の死体が上がったので、確認したいとのこと。
その死体は真夏のこともあり腐乱がひどく顔の識別はできないがかろうじて歯型が検出できるという。
行雄の通っていた歯医者に歯型のレントゲンがあったので警察を通じて確認してもらったところ、やはり人違いだった。


行雄じゃなかったのか…

行雄でなくてよかった…

何故かほっとしたようながっかりしたような複雑な気持ちになった。

新潟海上保安部の話ではかなりの数の身元不明の死体が上がるのだそうだ。
そのうち、身元が判明するのは極わずか。
あとは無縁仏になる。



少しづつ行雄を思い出すことが少なくなってきたように思う。
寂しいことだけど。
でも、一旦思い出し始めるとその思いは以前より強くなっているかもしれない。

あの時はどうだったとか、
こんなこともあったとか、
いきなりフラッシュバックのように蘇る。
そんなことを思い出すと涙が止まらなくなる。




先日、初めて行雄の写真を飾った。
写真の中の行雄は少し微笑んでいる。
この写真を撮ったときは楽しかったよね!
私はそう信じているよ。







いつ自分の終わりを決めたんだろう。
最後に会ったときは、もう決めていたんだね。

気づいてあげれられなくてごめんなさい。
今となってはもう取り返しのつかないことだけれどもね。

行雄がいてくれたらって思うことがある。
こんな時、行雄だったらなんて言うかなとか。
なんでいないんだろうとか。



なぜ?
どうして?

いくら考えても答えは憶測でしかない。
答えなんかない。

考えることがその答えなんだろうね。



行雄の生い立ちを書けば使い古された悲劇のドラマのようになってしまうかもしれない。
事実は小説より奇なりというけれど、文字にしてしまうとまるで作り話だ。

でも、現実なんです。

現実は厳しい。
行雄のドラマはハッピーエンドにはならなかった。
でもまだ終決はさせない。
私が行雄のことを思っている限り行雄のドラマは終わらせない。

行雄が残していったものが私の中にたくさんあるのだから。





「今の私に出来ることは…
静かに行雄の冥福を祈るだけです。」


去年の日記と同じ言葉です。

来年はどんな思いでこの日を迎えるのだろうか。









そして、また去年と同じことをまた書きます。


この手記を最後まで読んで下さってありがとうございました。
行雄がこの世に存在していたということを誰かにわかってほしくて書きました。
勝手だとは思いますが、行雄のことはこれ以上のコメントはできないのでなにも聞かないでください。

そして、どうか行雄の冥福を祈ってやってください。